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劉銘傳トンネル

劉銘傳トンネルの入り口 1
劉銘傳トンネルの入り口
トンネル前の観光客 2
トンネル前の観光客
トンネル中の景色 3
トンネル中の景色
劉銘傳トンネルの入り口縮小圖片, 角度1
トンネル前の観光客縮小圖片, 角度2
トンネル中の景色縮小圖片, 角度3

劉銘傳トンネルは市指定古跡で、又の名を獅球嶺トンネルという。清の光緒11年に台湾巡撫の劉銘傳が台湾政治を治めていた時、積極的に台湾を建設し、洋務運動を推進し、鉄道の設置を提唱した。光緒13年には「全台鉄道商務総局」の設立が許可される。鉄道の起工後、最初に基隆より台北を経由し新竹に至る部分を建築し、中でも基隆獅球嶺のトンネル工事が困難を極め、光緒14年春の起工から16年夏まで、30か月にも及ぶ時間を費やして開通された。獅球嶺トンネルは全長235mの台湾初の鉄道専用トンネルで、僅かな清朝時代の鉄道トンネルでもある。 劉銘傳トンネルは安楽区にあり、劉銘傳によって建てられた。土質の構造が複雑で、北段は硬い岩石、南段は湿った軟土であったため、開墾に困難を極めた。トンネル内は全部で7つに分けて異なる材質を積み上げたり開墾してつくられ、完成までに合計で30か月もかかった。 トンネル南口の外観は赤レンガを積み上げたもので、劉銘傳により「曠宇天開」という額が掲げられている。獅球嶺トンネルは最初の鉄道トンネルで、台湾で唯一残された清朝時代の鉄道トンネルでもあり、深い歴史的意義を持つ。  日本統治時代の鉄道路線の変更により、当トンネルは徐々に荒廃していった。近年は深い歴史文化価値を持つこの古跡を保護するために、市政府によって整備され、参観が開放されたが、現在は修築しているためトンネル内部が一時開放となり、北口の参観しかできない。