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七堵駅鉄道公園

七堵駅鉄道公園の景色 1
七堵駅鉄道公園の景色
七堵駅鉄道公園で昔の七堵駅 2
七堵駅鉄道公園で昔の七堵駅
七堵駅鉄道公園の正面 3
七堵駅鉄道公園の正面
七堵駅鉄道公園の景色縮小圖片, 角度1
七堵駅鉄道公園で昔の七堵駅縮小圖片, 角度2
七堵駅鉄道公園の正面縮小圖片, 角度3

基隆光明路にある七堵旧駅は、日本統治時代に建設され、現在までで既に百年もの歴史を誇っている。全国の鉄道宿駅の中でも稀に見る、建設当初から一度も取り壊されていないものである。土地利用の促進と地方の発展に協力するため、以前の七堵前駅(旧駅)は2007年に台湾鉄道路線の切換に合わせて廃止され、木造の旧駅舎も無償で基隆市文化局に引き渡されることとなった。文化局に招聘された専門デザイン会社は、元の姿のままで修繕を行い、木造駅の木材を取外し、以前の七堵旧駅住所から30mほど離れた場所の鉄道公園に組み立て、全木造の駅を基の姿に復元させ、古き文化の保存と同時に、憩いの場をもつくり上げた。 七堵旧駅(前駅)は光明路の拡大に合わせ、取り壊すか保存するかの選択を迫られたが、地方民意や文化歴史団体の努力と、市政府も力強い推進の下で、台湾鉄道の同意を獲得し、移転再組立という、場所を移して保存する方法で、台湾でも稀少な木造駅を残し、台湾鉄道資産の文化も豊富にした。 元々はヒノキで建てられていた七堵旧駅は、デザインが非常に美しく、繊細な組み立て工法が施された和式木造駅であり、特に梁の間は直接はめ込む方法で接続されており、その他木造駅のように釘が打たれておらず、非常に特別である。そのため、七堵旧駅を取り外して再組立を行う際、全ての建材一つ一つに番号を振り、予定地に移転された後は番号に従って一つ一つ組み立てて行った。老朽してしまった建材は、元の材料と形式に従って作り直した。 組み立て途中に、多くの梁の上に「総督府」の文字が書かれていることを発見されたが、日本植民時代、この駅の興建は全て台湾総督府から直接命令されていたことを表し、当時の日本政府の七堵駅に対する重視がうかがい知れる。また、旧駅屋根の棟には電線絶縁用の「碍子」があったことも非常に特殊である。駅のほかにも、樹齢80年にのぼる二本のガジュマルも、併せて鉄道公園に移植された。 七堵旧駅には保有された木造構造のほかにも、ホームやレールも作られ、七堵駅のイメージを再現させた。ここに来ればまるで古い友人を訪ねに来たかのようで、懐かしい思いに駆られることだろう。


古い鉄道駅をCIDU、「駅家」営業時間:月曜〜金曜10:00 - 夜4時00分(毎日ケースが開いていません)。